大阪府下の主要駅ホームに見る人の流れ

そもそも,整列のための誘導ラインが書いてない罠。
人が並び出す

真っ直ぐに並んだ列がホームの反対側まで届く

降りる人のためにドア前を開ける

降りてきた人が詰まる

崩壊

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CATV

うちの家は,前の家と同様にCATVが直接来ているらしい。○-COMからやってきたという人曰く,家主負担でCATVチューナーを無料で設置するから,設置日を決めて欲しいと言う。内容を確認したところ,特に怪しい詐欺の類でもなさそうだったので「設置はいいけどTV無いよ?」と言うと,じゃぁいいですと帰って行く。
それから数ヶ月後,またJ-C○Mの人がやってきて同じ事を言う。同じ様にTVが無いことを伝えると「ああそうですか」だけで,設置日を聞いたらそそくさと帰っていく。
設置日に設置担当の人がやってきて,チューナーだけ置いて帰るのかと思ったらTVが無いという事を聞いていなかったらしく「TVが無いと動作確認が出来ない」ということで,TVが無いということを今度こそちゃんと履歴を残すという事で設置も何もせずにそのまま帰って行く。
なんというかぐだぐだ。J-CO○の対応マニュアルには「TVの無い世帯」というのは存在しないんだろうなぁ。CATV会社と契約はしていないけど,建屋の設備として既にCATV回線が来ているだけ,と言う世帯は相当数あるんだけどなぁ。
(そして何かの調査結果では「CATV利用可能世帯」として,契約数の水増しに使われていたりとか(ぉ)

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なぜ・どうして

仏教の教えに込められた哲学は色々と興味深い。臨済宗の「仏に逢うては仏を殺せ」という教え。悟った瞬間から,その悟りは壊さなければならない。その悟りに囚われてはいけない。知識を学んでいくと云うことに於いても同じ事が言えると思う。教えられた事,自分で調べた事,「解った」と思った瞬間から,その知識は疑って掛からなければならない。「もう解ったから」と思ってしまうと,思考停止に陥ってしまう。特に人から教わった事ほど,囚われてしまいやすい。「学んだ」という知識の蓄積よりも,ひたすらに常に学び続けてゆくという姿勢が大切かと思う。知識の上に胡座をかいてはいけない。

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Siri

ほぼ4年前のネタで,パーソナルコンピューターはエージェントで有るべきって書いたけど,技術の進歩とは予想の斜め上を行くもので意外に早く市場に製品が出てきたな,という感じ。というかPCって,スマートフォンに先越されちゃった感。こうなると,PCはその存在意義として日常業務の端末として一定のポジションを確立したけれど「パーソナルコンピューター」としての意味は,スマートフォンに取って代わられてしまい,PCに対してはどんどん薄れて言っちゃうのかも知れない。PC=業務用・データ作成の(レベルの低い)道具,みたいな。PCのスマートフォンに対する優位性って「画面の広さ」「キーボード」「処理能力」しか無いけどどれも代替技術は開発されつつあって時間の問題。今の形のPCがコンシューマユースで各家庭に在り続けることは,そう長くないのかも知れない。
Siri自体はよく使ってはいないけれど,まぁ,多分,実用になるかどうか微妙なレベル何じゃないかと思う。ただ,こういうのって実用性よりも「それが面白いか?」が重要だと思う。そして実際に市場に出し,ユーザーのフィードバックを受けて開発も加速され,そして本当に実用になるレベルへと近づいていくと思う。
一方で,日本で同様のコンセプトの機能を携帯に取り込んでもいて,その結果がiコンシェル。着目の出発点は同じなのに,なんかもうサービスとの連携をガチガチに機能に盛り込んだ結果「ユーザーがiPhoneのどの機能を使いたいか」というSiriに対し「ユーザーにどのサービスを勧めるのが最適か」という真逆の方向性なiコンシェル。エージェントという出発点から,面白くも無く実用性も微妙という凄く残念な結果に。むーん。

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