某所で、以下のようなことを聞いた。
- (死者を)供養するという文化は、西洋の多くの国々では失われてしまっている。
- 供養というのは、古くは宗教が発達する以前の縄文時代にも痕跡が見られる、根源的な意識。
らしい。
こっからは勝手な想像だけど、まぁアレかな。多神教と一神教の違い。
仏教では、死後について輪廻転生という考え方はあるものの、「今生」についてはやっぱりもう終わりで、リスタート無し。
でも、全ての一神教を調べたわけじゃなけれど、キリスト教もユダヤ教も、イスラム教でさえ、死者は「いつの日か蘇る」とされていて「死=終わり」とは考えられてないようで…。
ま、終わってしまったからこそ…の供養なんかもしれない。
一神教と多神教の文化の違いの、知らなかった一面を覗けた気分。